理不尽な兄との攻防戦6


「……とうとうやったか」

はぁっ…と頭が痛いとでも言うように大塚さん、兄貴の親友は額に手をあてた。

ちなみにここは家から程近くにあるファストフード店。土曜のお昼を過ぎて空いてきた時間だ。

「珍しいなとは思ったんだ。和巳じゃなくて葉月君が俺を呼び出すなんて」

「………」

ある程度俺と兄貴のことを知ってる大塚さんならと、いや、大塚さんにしかこんなこと相談できない。

「それで和巳は?」

「朝起きたら居なかった。多分、大学…」

「あぁそういえば二コマ目の授業とってたっけ」

俺の相談事を聞いてもけろりとしている大塚さんを俺は窺うように見上げる。

「それで俺はどうしたら…」

「どうって…う〜ん。あ!そういうことって友達同士ならやるってきいたことも…」

「兄弟でも?」

「……ありじゃないかな」

何故か視線を反らしつつ大塚さんは頷く。
相談しておきながら俺は思わず大塚さんをジトリと疑いの眼差しで見つめた。

「…葉月君が気に入らないなら言い方を変えようか」

戻された視線の先で大塚さんはきっぱりと言う。

「和巳なら有りだ。…心当たりあるだろ?」

「うっ……」

畳み掛けるように言われて顔に熱が集まる。
これまでの兄貴の所業を思い返して言葉を詰まらせた。

そこへ大塚さんは真面目な顔のまま爆弾を落とす。

「手は出されたみたいだけどまだ最後まではされてないんだろ?」

「さい…」

「そう。セック…」

「わぁ〜〜っ!そ、そ、そんな…そんなのあるわけないだろ!大体俺はおと…もがっ!」

「公共の場だから静かにしようか葉月君」

勢い込んで口を動かせば、慌てたように正面から伸びてきた手に口を塞がれる。周りへと目を向けた大塚さんに俺も冷静さを取り戻し口を閉ざした。

離れていく手に俺はしょんぼりと謝る。

「ごめん」

「いきなり訊いた俺も悪かった」

注目を集めてしまって居心地の悪くなった俺達はそのあとすぐファストフード店を出た。

五番街と呼ばれる様々なお店が列なるメインストリートを大塚さんと並んで歩く。

「そう深く考えない方が良いよ」

「でも…、何だか顔合わせづらくて」

今朝は俺が寝坊したことで兄貴はもう家にいなかったから良かったけど。

あんなことされて羞恥を感じない奴はいないだろう。
いつもの元気も無くとぼとぼと歩く俺に大塚さんは小さく息を吐いた。

「これは重症だな」

そして何か言おうと口を開きかけた大塚さんに、通り過ぎようとした店の入口から声がかけられる。

「お、そこにいるの大塚じゃね?」

「おーい、大塚!」

「ん?」

掛けられた声に足を止め、振り返った大塚さんに一緒に歩いていた俺も自然と足を止め同じ方向へ顔を向ける。

そこには大塚さんと同じような年齢の大学生らしき茶髪と黒髪の男二人組がいた。
大塚さんの知り合いらしく、足を止めた大塚さんも気軽に返事を返していた。

「で、こっちは?中坊?大塚の弟か?」

「いや、葉月君は高校生。俺じゃなくて和巳の弟」

「えぇっ!?新堂の?」

どうやらこの二人組、兄貴とも知り合いらしい。

「どうも…」

一応ぺこりと会釈する。すると何故かまじまじと見つめられ、何だか居心地が悪かった。

「はー、あの新堂にこんな可愛い弟がいるとは…」

可愛いって言われても嬉しくねぇ。
むっと眉を寄せれば、それに気付いた二人組の片割れが謝ってくる。

「ごめんごめん。ほら、新堂っていつも偉そうだから、こんな可愛い弟がいるとは思わなくて」

「可愛いって言われても嬉しくないです。そういうことは女の人に言って下さい」

ふぃと視線を反らす。

「なにこの反応。めっちゃ可愛い〜。俺の弟に欲しいわ」

「新堂がアレだから余計可愛く見えるな。小生意気な感じが弄り回したくなる」

こそこそと話しているつもりだろうが全部聞こえている。連発される可愛い発言に俺が言い返そうと口を開きかけた所で大塚さんが口を挟んだ。

「あんま葉月君にちょっかいかけると和巳に締められるぞ。ほら、散れ」

そこで何で兄貴…?


「ケチ臭いな大塚。今、新堂いねぇんだからいいじゃん。な、弟くん。ケーバンは?」

「え…?」

いきなり連絡先を訊かれ、俺は戸惑って大塚さんを見る。大塚さんは首を横に振り、俺は視線を二人組に戻した。

「俺、今ケータイ持ってないです。家の充電器に挿しっぱで忘れてきて…」

「んじゃ大塚。お前から葉月君に俺らの教えといてやって。葉月君、返事待ってるからな〜」

「え、ちょっ…!」

勝手に話を決めて、二人組はひらひらと手を振って遠ざかる。
その背中を呆気にとられたまま見送ってしまう。

「なにあの人達…」

「悪い奴らじゃないんだけどね。…和巳に何て説明するか」

はぁっと大塚さんは疲れたような溜め息を落とした。







結局何の解決策も浮かばないまま俺は大塚さんと別れ、家へと帰ってきた。

「ただいま〜」

兄貴はまだ帰ってきていないようでほっと息を吐く。
それから夕飯になるまで自室に引きこもり、だらだらと休みを満喫していた。

好きなアーティストの音楽をかけ、友達から借りた漫画を読む。ちょうど話が盛り上がって夢中になって頁を捲っていた頃、兄貴は帰ってきた。
俺は気付かなかったけど、いきなり自室の扉が乱暴に開けられて驚いた。

「うわっ、って兄貴…?」

「アイツらに会ったって?」

「は?なに…?」

いきなりの登場に驚きすぎて、悶々と悩んでいたことなど吹き飛んでいた。前置き無しの台詞に俺は頭を巡らす。

「大塚に聞いたぜ」

「……あぁ!何かよく分からない二人組。あれって兄貴の友達?」

「今の所な。アイツらに何か言われても絶対連絡するなよ。お前には関係ねぇことだ」

それは遠回しに関わるなってことか。まぁ、俺も自分の友達が兄貴と連絡を取り合ってたりしたら何か微妙な気分になる。
…なんか嫌だ。

うん。ほら、あれだ、きっと。
自分達の世界に大人が入り込んでくるような不快感?
俺はうむうむと唸って兄貴に頷き返した。

「連絡なんてしねぇよ。もう会わねぇだろうし、あれって社交辞令って奴だろ?それに兄貴の友達ってだけで俺には関係ねぇもん」

俺の返事は的を得ていたのか、兄貴は珍しく純粋に俺を褒めるような眼差しで笑った。

「お前にしちゃ上出来だ」

ゆるりと吊り上げられた口端に、優しげに細められた双眸。

「うっ…失礼な!用が済んだなら出てけよ」

向けられた眼差しにカァッと頬に熱が集まって、俺は誤魔化すように兄貴を部屋から追い出した。

「何だよ…もう」

ばくばくと激しく脈打つ鼓動。火照った頬が自然と昨日の事を思い起こさせる。あぁ…昨日は大変だった。

背中に重なった体温と重みが、耳元へ寄せられた唇が熱くて…。

「っ!?わ…」

わ、わっ!?何考えてんだ、俺っ!今のなし、なしだ、無し!

落ち着こうと深呼吸を繰り返して、熱を帯び始めていた分身に気付く。
別に女の人のそういった妄想を繰り広げていたわけじゃないのに…もぞりと内股を擦り寄せる。

そっと無意識に下肢に手を伸ばしそうになって、部屋の前を兄貴が通る音にハッと我に返った。

「…っ……漫画読も」

とにかく気を散らそうと頑張って漫画に意識を戻す。
けれど、中々集中が戻らず時間切れになった。

階下から夕飯の時間を告げる母さんの声が聞こえた。



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